保育のこと

どんな保育方針、どんな保育環境がいいんだろう、と考えた時、子どもの遊び道具であるおもちゃのことも無視できません。

どろんこ保育の方針。既製のおもちゃは子どもの自主性想像性を奪うという考え。石ころや棒きれから子どもは色んな遊びを生み出す。自然が全ての先生。

おもちゃは最小限でという方針。大型箱積み木や段ボール箱程度を配置し、子どもたちが想像力を発揮して見立てたり工夫したりする。子どもの力を発揮させたいという方針。

日本人の古くからの美学は自然と深く関わりを持ち、自然を崇拝する歴史があります。自然がすべての先生という保育方針は、感覚的に受け入れやすいものです。
また、質実剛健を好み、華美より侘び寂びを好みます。最小限の材料で工夫することも支持されると思います。

(保育方針はほかにもいろいろあるんですが、今日は遊びとおもちゃを中心に。)

それぞれにもっともなところがあり、私も↑の考え方も好きです。

しかし、気になるとしたら、おもちゃを否定気味にするところかな…と思います。
おもちゃの質を問う以前に、たくさんのおもちゃは子どもの成長を甘やかすという意識なのでしょうか。

おもちゃを肯定する園では、どろんこ保育も質実剛健も否定していないように思います。石ころも棒きれも大事、大型箱積み木も大事、それからおもちゃも大事、みんな保育に取り入れようとしているように感じています。

多分ヨーロッパの木のおもちゃも含まれると思うのですが、美や文化は贅沢品であり敵視するようなところがある気がします。日本人の感覚は、どちらかというとそうかな〜と感じます。古くからの日本人の感覚、美学、大切にしないといけないと思います。しかし今も多くの人にとって、古き良き日本の美学は感覚的には好きだけれど、あまり大切にされていないこの頃だと感じます。大人になってもいつまでも幼いものを好み、品性が失われてしまっているような。それから、現代社会において求められる思考力判断力を育てる土台がない。足りないのは美を愛する心ではないかと思います。小さい頃から美しいものに触れて育つことは、美を愛し、文化を大切にし、日本人らしさを大切にしながらも広く社会を大切にする心を育むと思うのです。もう一歩踏み込んで、平和ということを考える人になるには、美しいって何か知っていることが大事なのではないかと思うんです。美しい保育環境、美しいおもちゃで遊ぶこと、自然の一部となり自然を敬い遊ぶこと、創意工夫して遊ぶこと、みんな同時に成り立つと思います。

おもちゃを肯定することに後ろめたさを感じる必要はない、または贅沢品として軽視する古くからの感覚もいつまでも改められないのももったいない気がします。

保育の中で、もっとおもちゃと遊びが重要視されるといいなあと思っています。

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