思いをまとめる

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なぜか、2016年の年明けから、店のこと、おもちゃのこと、考えていることを話す機会がいくつかありました。取材やインタビューなどが続き、振り返ってみるとすでに合計8時間くらい語っています。
いろんな角度から質問をいただき、ひとつひとつ考えながらお答えしました。おもちゃ屋を始めた動機、ここまでの経過、その時々の思い、おもちゃの特徴、ひとつひとつのおもちゃを選んだ理由、学んできたこと、やっていること、やりたいこと、大切にしていること、などなど。

実は、あまり得意なことではありません。お話しが上手な方が羨ましいといつも思っています。いろいろ考えているはずなのにうまく言葉にならないとか、発言したあと実はもっと違う言い方がしたかったとか、答えようと思うと真っ白になってしまったとか、たいていは、あとでぐったりします。なので講師のお話しをいただいても極力お受けしないでいるわけですが…

でも、お話ししてみて、やはりおもちゃ屋という仕事をやりたい理由が、シンプルなところにストンと落ちた気がしています。
ひとつは、ただただ、私がヨーロッパの美しいおもちゃや、楽しいゲームが好きであるということ。
もうひとつは、将来の大人である今の子どもたちが、大人になってから子ども時代を振り返ったときに『良かった』と思って欲しいこと。

ヨーロッパのおもちゃたちのどういうところが優れていると感じているかお話ししました。
アート面、教育面、技術面、生産の面で、先端を行っていると思います。特に、子どもの発達を踏まえて、期待される成長をサポートする目的を持っている点は、幼児教育にいち早く注目したドイツの教育の歴史によるもので、おもちゃの理由付けそのものが違っていると思います。遊ぶことを、ただ楽しいだけにするのではなく、必要性を語っています。
アート面で優れているのは、子どもの感性を低く見ないことの現れと感じています。美しいことは過分な贅沢でも後ろめたいことでもなく、人として心豊かに育つために必要なことだと思います。

なぜ木のおもちゃなのか。
いろいろ考えてきました。よく表現される『木のぬくもりや優しさ』でまとめると、どうも物足りませんでした。また、森林を守るためや木に関心を持つための目的では、自分はおもちゃ選びをしてきていません。でも、ではなぜ木?ということはうまくまとめられないでいました。それが、繰り返し言葉にするうちにすこしつかめてきた気がします。木は、基本的に電気による動力と相性が良くないと思います。重いし、加工がしにくい。木製品は、人間が動力であることが主です。私は、遊ぶ人が動力となり、主体となって遊んで欲しいと考えている、だから木製が中心となって行ったのだと思います。
特に子どもの場合は、製品そのものがタフである必要がありますが、その点でも木製品が優れています。木の重いトンカチでガンガン叩くおもちゃだってあります。
遊びによってはプラスチックも優秀です。プラスチックのおもちゃは、それもまた、素材に合った良い仕事をしてくれているなあと、木と同じように感心しています。

ではそのおもちゃたちが生かされるには?
子どものいる場所にはどこでもおもちゃは必要だと思いますが、それが園だったり、支援センターだったり、ご家庭だったり、環境は様々です。関わる人の役割も違います。
手間なことですが、人が動力となるおもちゃには、まだ発達途中の子どもには人の手助けが必要となることがよくあります。つまりおもちゃを仲介にした大人と子どもの関わり。それから大人が設える遊びの環境。
おもちゃ遊びのつまづきにもなりうるのがここの部分かも、と思います。それくらい、おもちゃそのものと同じくらいに、大切で難しいことです。おもちゃ選びと同時進行でご紹介していきたい部分です。このことも、まとまっていたか自信ありませんが、お話ししました。

などなど、こんなことを何時間もお話しさせていただきました。
自分の良い勉強になったし、まだまだ足りないなあとも気づかされました。昨年は、医学町ビルという『場』に出会うことができました。場にふさわしくなれるよう、今年は新しい勉強もしてみたいと思います!

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