見立てることと遊びの本質

正解はわからないのですが、おもちゃの使い方に関わることを繰り返し考えています。

おもちゃは決まった使い方しかしてはいけないのか。子どもには大人には思いもよらない発想がある。その発想を認めることは大切で、そのためならおもちゃの使い方には柔軟であるべきではないか、ということについて。

そうと思える例と、違うのではないかと考える例があって、後者の例を、なぜ違うと思ったのか考えました。
例えば六角形の枠に正三角形のパーツをはめ込んで模様をつくるプリズモという遊びより。
最後まで枠を埋めると立てて飾ることができる、達成感のある遊びです。

透明色のパーツはまとまって用意してあるだけでワクワクする美しさがあります。器に盛るとゼリーのようです。おままごとに使いたくなるかもしれません。

このように使うことにもひとりひとり異なるストーリーがあるはずなので、全てのケースに当てはめたことではないのですが、別の見方もしてみます。

なんでもおままごとにしてしまう、と時々お聞きします。注意深く見ていくと、おままごとの場所でおままごと道具を使っているので一見そう見えるが、実は年齢に応じたイメージや模倣を伴うごっこ遊びではなく、なんでもかき混ぜるという別の遊びをしているのかなと思われることも含まれているのではないか。混ぜるという行動やその感触を楽しむのが主目的で、それはおままごとかな?と。

プリズモのパーツを使った最高の遊びは、根気よく指先を使って作品を仕上げることで、そのためにパーツがデザインされています。
ごっこ遊びのために必要になったゼリーという食材を見立てるための道具は、プリズモも使えるかもしれないけどもっとふさわしいものを考えることはできないか。

見立てている、イメージしていると見る前に、遊びの追求にまだ及ばないところがあって、最高の使い方ができていないと考えてみてはどうだろう。プリズモをおままごとに使ってはダメという決めつけではないけれど、プリズモもおままごとも、それぞれの本当の楽しみを知ってもらうことが大人の役割ではないかと思うのです。ベストは知ってほしい。

プリズモパーツ、素手でまとめてつかむと痛い、踏みたくない、割れるともったいない、ですしね。

プリズモの例は、プリズモに最高の遊び方があるからであって、元からもっと使い方が柔軟なおもちゃもあります。だから一例に過ぎないのですが、遊び方の線引きの参考になるかもしれません。

おままごとは、実は本気の本格的な遊び。模倣によって自分を取り巻く社会を知っていきます。こちらにもぜひ、他のおもちゃをわざわざ持ってこなくても済む環境を整えてみたいですね。具材はこちらが参考になりますよ。